なぜ建設業の技能実習生は失踪するのか?
「失踪」という最悪のケースを回避するために考えるべきこと
投稿日:2019年1月29日とりわけ多い建設業の失踪問題については、外国人技能実習制度の闇として取り上げられることが多い。当サイトでは、建設業における実習生の失踪状況の情報整理をしつつ、なぜ建設業で失踪が起こってしまうのか、その理由の一因を考察してみた。
増え続ける技能実習生の失踪
技能実習生の失踪者数の推移
国名 | 2012年 | 2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 |
---|---|---|---|---|---|---|
総数 | 2,005 | 3,566 | 4,847 | 5,803 | 5,058 | 7,089 |
ベトナム | 496 | 828 | 1,022 | 1,705 | 2,025 | 3,751 |
中国 | 1,177 | 2,313 | 3,065 | 3,116 | 1,987 | 1,594 |
カンボジア | – | – | – | 58 | 284 | 656 |
ミャンマー | 7 | 7 | 107 | 336 | 216 | 446 |
インドネシア | 124 | 114 | 276 | 252 | 200 | 242 |
その他 | 201 | 304 | 377 | 336 | 346 | 400 |
カンボジアは、2015年から集計しており、2012年から2014年は、「その他」に含まれる。
(出典:法務省発表「平成29年の“不正行為”について」より)
先の国会の焦点であった「外国人労働者の受け入れを拡大するための出入国管理法改正案」の論戦をめぐり、法務省から開示されたさまざまな資料が、マスコミを賑わせました。
2017年に失踪した実習生は7,000人を超え、5年前の2012年と比べて3.5倍以上と増加の一途をたどり、2015年からの3年間では延べ18,000人が失踪していることがわかったのです。
2017年末時点、日本で受け入れしている実習生は274,000人。これは単純計算で6%程度の確率で失踪が起こっていることになります。
そして、その中で、実習生割合17%程度に過ぎない「建設業」が、失踪者全体の1/3以上を占めている現実が明るみに出ました。
建設業はなぜ失踪しやすい!?
建設業といえば、従事者の高齢化や若者の担い手不足が深刻な業種で、その根底には建設業界全体の処遇改善が進んでいないという状況があります。
「低賃金」、「指導が厳しい」、「労働時間が長い」、「暴力を受けた」など、実習生の失踪動機上位の殆どが該当しがちともいえます。
きつい・汚い・危険のいわゆる「3K労働」で、週6日稼働するのは当たり前。夏は暑く、冬は寒い。雨の日は作業ができないことも多くて、給与に影響が出る。機械や工具を取り扱う現場は、危険と隣り合わせで事故を起こさないように絶えず気を張った状態。そして先輩社員から時には叱責まじりの指導を受けながらも、新しい作業技術を身につけ、現場で一日でも早く戦力となることを求められます。
建設業界で働いている人たちは、それが普通で、職人の世界では当たり前という感覚かもしれませんが、おぼつかない日本語能力と、不慣れな日常生活、文化の違いなどを抱える若い外国人技能実習生たちにとっては、かなりのストレスになるはずです。
日本人であっても、過酷な労働や精神的に辛い人間関係を強いられるような厳しい職場環境では、仕事を続けることができず、出社拒否や突然の退職といった事態に陥ることが普通に起こり得ます。
受入企業は、外国人を受け入れるにあたって、採用・労務・人事面で、ある意味日本人以上にきめ細やかな準備や対応が求められるわけです。
建築業の実習生事情に詳しいカンボジア認定送出機関「IIS COMPANY LTD.」の林 佑介氏によれば、失踪者の発生する受入れ企業にはいくつかの傾向があると言います。 そして、失踪をできるだけ起こさないために最低限留意しなければならないポイントがあるとのことです。さらに、それをやれば絶対に失踪が起きないかと言えば、そういう訳ではないと強調します。
失踪者を出してしまう建設業者の傾向はあります。起こるべきして起きてしまうという残念なパターンです。」(林氏談)
失踪者が出やすい建設業者の傾向
1. 適正な賃金を払わないブラック企業
まず、「実習生=安く雇える」という誤った認識が横行しています。
外国人技能実習生にも労働基準関係法令が適用されます。実習生の雇用には都道府県毎に定めらえた最低賃金以上の給与、公的保険(労働保険・社会保険)への加入が必須です。
労使協定を超えた残業、割増賃金の不払い、危険や健康障害を防止する措置の未実施は許されません。建設業に限らずですが、割増賃金の不払いや給与明細の改ざんなど、受入企業が不正を行っているという酷い事例もあります。
就業状況に応じた適正な賃金支払いをはじめ、日本人と同等の雇用状況を提供することが求められているのです。
いわゆるブラック企業においては、実習生の失踪者が出ることは必然といえます。
2. 外国人技能実習制度の理解不足
「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)は、意欲ある諸外国の若者が技能実習生として日本の優れた技術・技能・知識を修得習熟し、帰国後母国の経済発展に役立ててもらうための制度です。
受入企業にとっては、積極的に日本の建築技術や技能を習得したいという意欲あるアジアの若者を受け入れることにより、職場の活性化、生産性の向上、社員教育の一助になるなどのメリットがあります。建前だけの世界ではない側面はあるものの、制度の基本思想や概要をしっかりと理解せず、すべてを監理組合任せしてしまっては、実習生との良い雇用関係は築けません。
3. 実習生とのコミュニケーション不足
基本的に、実習生は日本へ入国すると一度も帰国することなく3年間(第2号技能実習移行の場合)、受入企業で実習を行います。家族や友人と遠く離れて、言語は通じず、文化や作法が異なる初めての国での生活は、不自由なことも多く、不安と失敗の毎日です。
職場だけではなく私生活も含めて、課題や悩みを抱える実習生は少なくありません。
受入企業が一人ひとりと対話をして、ケアしていく必要があります。それをなおざりにする経営者の企業では失踪率は高まります。仕事の技術や生活を指導することはもちろん重要ですが、実習生との会話に時間をとり、誠実に聞く姿勢は、それ以上に大切かもしれません。
4. 日本人従業員の理解・協力不足
経営者や実習実施担当者だけではなく実習生に関わる他の従業員にも、外国人技能実習制度の内容や関係法令に関する知識、自社が実習生を受入れる目的などについて理解してもらう必要があります。予め誤った認識のない状態で迎え入れることで、皆が業務を円滑に取り組める環境づくりにつながります。このあたりは監理組合等の協力も得ながら、会社全体で取り組むことが重要です。
普段接する機会が多い従業員こそ、日々の課題の発見や、細々とした問題への対応が期待できます。
実習生に、根気よく丁寧に伝えながら指導することもポイントです。同じことを二度、三度と聞かれたり、失敗したりしたときに、すぐ短気にならないよう注意しましょう。
時に、一人の従業員の心の無い言葉の暴力が、失踪の引き金をひくこともあります。パワハラなどはもってのほか、あってはなりません。
5. 面接での説明不足・安易な人選
実習生候補生たちは、面接の段階では、まだ日本語教育をまったく受けていないことが一般的で、日本人求職者の面接とは様相がかなり異なります。日本での建設業の仕事内容について正しく理解をしている人も殆どいません。
技能実習における建設関係の職種・作業の範囲は、22職種・33作業範囲で定義されており(※2018年12月28日時点)、同じ建設業でも、「とび」と「左官工」とでは作業内容がまったく異なるわけです。
日本へ入国してから、「こんな仕事だと思っていなかった」、「約束が違う・・・」などと認識違いが発覚するという最悪なケースもあります。
面接では、監理組合任せにするのではなくて、受入れ企業が主体的に自社の会社概要や理念、具体的な仕事内容を丁寧に説明し、募集要項の内容をきちんと理解してもらうことが重要です。
そして、その上で決して楽ではない仕事であることや、それに耐える強い意思があるかどうかさまざまな視点から確認しなければなりません。
面接で手抜きをしてしまうと、後から痛い経験をすることになります。
失踪者を出さないために
まずは、外国人技能実習制度の正しい理解から始め、「事前準備」、「採用活動」、「実習実施」と各段階に応じた適切な対応と、手間暇を惜しまない誠実な姿勢で臨むことが肝心です。失踪が起きにくい体制や環境づくりには、特に送出機関・監理組合の選定、実習候補生面接の初期段階における入念な準備と決定が、成否を分けるともいわれています。
失踪者を出さないための留意点
1. 早めの情報収集と余裕をもった採用計画を立てること
常時人材不足の建設業においては、すぐにでも実習生を受け入れたいと希望されることが多く、繁忙期前であれば、「来月から実習生に来て欲しい・・・」と切迫したケースも多々あります。ただ、実際の受け入れには、どの国の送出機関に依頼をしても、募集開始から6ヶ月程度はかかります。それを前提に、技能実習制度に関する事前の情報収集を早めに行っておくことがポイントです。送り出し国選定、送出機関視察、面接と検討期間を充分に取ることで、アンマッチの少ない実習生採用につながります。裏を返せば、送出機関や監理組合に依存しすぎて早急にコトを進めると、後々、実習生との間で齟齬(そご)が生まれやすいといえます。
2. 送り出し国の現状について最低限のことは知っておくこと
外国人技能実習生の対象国は、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、インドネシアをはじめ計15ヶ国あります。これまで、建設業においてはベトナムからの実習生が大半を占めていましたが、最近ではカンボジア、ミャンマーからの人材も増えています。候補の国の選定段階で、その国の経済状況、教育事情、日本との関係、性格、宗教など最低限の基本情報は押さえておくべきです。相手のことを知ることから、コミュニケーションの土台づくりは始まります。
3. 教育とフォロー体制がしっかりした送出機関を探すこと
送出機関の選定には、実際に現地まで足を運び、日本語学校や訓練施設を視察することが必須といえます。監理組合から紹介される1社の送出機関だけではなく、複数訪問することで、教育に対する考え方、実習生への生活指導状況、日本へ入国してからのフォロー体制など、それぞれ違いが見えてきます。視察の段階で、建設業の送り出し実績、実習生の募集方法、面接の進め方をはじめ、これまでの失踪状況や失踪発生時の対応についても回答を求め、長く良い付き合いができると感じる送出機関を選ぶことが肝要です。
4. 面接はこれ以上ないくらいに精力を傾けて、納得するまで行うこと
Skype等を使った遠隔での面接もできますが、現地で対面の面接をおすすめします。上述のとおり、実習候補生たちは、面接の段階では、まだ日本語教育をまったく受けていないことが一般的で、日本人面接より難易度は高いです。IQテストをはじめとする筆記試験結果だけではなく、実習候補生の人間性や意気込みなど、画面からは伝わりづらいところをしっかりと感じることも大切です。体格や運動能力試験も実際に目で見て確認した方が間違いは少ないです。
実習生候補者をある程度絞り込んだら、自社の概要、具体的な仕事内容を丁寧に説明し、雇用条件をしっかりと理解してもらったうえで意思確認を行なってください。実習生受け入れがうまくいっている建設業者のなかには、経営者自らが実習候補生の実家まで出向き、家族にも詳細な説明をして、納得してもらったのち採用しているという好事例もあります。
5. 継続的なコミュニケーションと教育
実習生それぞれによって、抱える課題や悩みは異なります。受入企業は親身に向き合いフォローしていくことが求められます。仕事の技術教育や生活指導だけに注力するのではなく、実習生の悩みや志向を聞いてあげる時間も大切なのです。実習生にとっては、同じ職場の同僚が唯一の頼りであり、「日本の家族」のようなものです。3年間(第2号技能実習移行者の場合)心が折れずに有意義な実習期間を過ごしてもらえるよう継続的なケアを怠らないようにしましょう。
実習生本人への「失踪リスク」に関する教育もポイントのひとつです。衝動的に失踪してしまうと、実習生ではなく不法就労者となります。真っ当な職には就けず、病院にも警察にも行けなくなり、結果的に不自由な生活を強いられるわけです。入国管理局に見つかれば、本来の目的を達成できないまま強制送還されなければなりません。
失踪せずに、きちんとした建設技能を身につけ、一定の要件をクリアすれば、今後はさらに2年間実習を継続できる第3号技能実習への移行も期待できます。
- 何をするために、日本へ来たのか?
- 日本で身につけたい技術や経験は何か?
- 3年後に国へ帰ったら、何をしたいか?
実習生に目的意識と向上心をもって実習に臨んでもらうために、日々のコミュニケーションと教育は最も重要な取り組みと言えるでしょう。