育てる力が現場を動かす──KNDが挑んだ10年の実践知

1.建設業界が直面する人手不足の現実

職人の高齢化が進み、若年層の入職者は年々減少。かつては弟子入りして技術を学びながら現場で育っていくという文化があったが、近年では建設業に魅力を感じる若者は減少し、担い手不足が深刻化している。中でも上棟工事のように体力を要する現場では、1日単位で職人が確保できないことも珍しくない。
日本の建設業界は今、大きな岐路に立たされている。
このような中で期待をされているのが特定技能、技能実習生等の外国人材の活用である。
とはいえ、単に人を受け入れるだけでは真の戦力にはならない。言葉、文化、技術レベル、職場のルール──あらゆる面で丁寧な準備と教育がなければ、現場に混乱をもたらすリスクさえある。
こうした課題に対し、10年前から地道に外国人材の「育成」に取り組み、独自のモデルを確立したのが、埼玉県のKNDコーポレーションである。
代表取締役の神田 充氏が率いるこの企業は、受け入れ企業であると同時に、送り出し前の教育環境の整備と再訓練の体制を自ら手がけてきた。
2.ミャンマーから始まった「教育からの受け入れ」

KNDの取り組みは2014年、ミャンマーへの進出から始まる。JICAの中小企業普及実証事業に採択されたことで、同社の育成モデルは大きく前進する。事業費約1億円の支援を得て、ミャンマー労働省と連携し、2017年に建築技能者向けの訓練センターを設立した。
訓練職種は、大工、型枠、鉄筋、左官、レンガ積の5職種。訓練プログラムは、埼玉県の「ものつくり大学」と共同開発し、日本水準安全や施工品質を求めた内容となっている。訓練事業の期間は2年3ヶ月。この間にミャンマー国内の日系で求められる基本的な知識と技能、そして職場文化を学ばせる仕組みを構築した。
ミャンマー人スタッフが通訳や技能指導を行う体制も整備された。上記のJICA事業と並行して、実習生受入企業向けの建築技能訓練事業も行われ、実習生が出国する前に1ヶ月間集中的に日本式訓練を受ける体制が構築された。こうした徹底した準備により、現場での即戦力化とミスマッチの防止を実現している。
JICAの訓練事業ではのべ371名の修了生を輩出。
その後、ミャンマー国内の政治情勢が悪化したことを受け、実習生向け訓練の拠点はバングラデシュに移転された。現在までにこのモデルを活用し、累計で430名以上の実習生が訓練を経て日本に送り出されている。
さらに最近では、インドネシアにも同様の訓練センターを設立に向け準備を開始した。建築業界のニーズに応える形で、KNDの人材育成ネットワークは東南アジアへと広がりを見せている。インドネシアでは、すでに現地パートナー企業と連携しながら、日本語や建築技能の指導が始まっており、今後さらに人材送り出しの幅を広げる見通しだ。
3.「受け入れる現場が育てる現場へ」

KNDの特筆すべき点は、受け入れ企業でありながら、訓練インフラの構築を自ら担っていることだ。「現場で必要な準備は、現場にしか分からない」という神田氏の信念に基づき、教育内容は常に現場ニーズに即したものへと改善されてきた。
実習生は来日前に日本語での指示理解や、基本的な建築用語、道具の使い方を学ぶ。実技は現場を模した環境で実施し、日本と同じ流れで作業を経験する。来日後はOJTと座学を組み合わせた再訓練が行われ、短期間で戦力として現場に立てるようサポートされている。
現在、KNDでは中国、ベトナム、ミャンマー、バングラデシュ、インドネシア出身の外国人社員が在籍。180名の社員のうち、50名が外国人という構成だ。年間1,000〜1,200棟の住宅上棟工事を請け負う中で、外国人が現場の中核を担っている。
神田氏は言う。「親方世代の高齢化が進む中で、体力勝負の現場は若い力が不可欠です。文化の違いはあっても、覚悟をもって受け入れれば、彼らは想像以上の働きをしてくれます」
4.国内の再訓練施設と「定着」への取り組み

外国人材の課題は、受け入れ後の「定着率」にある。KNDはこの問題にも早くから取り組んできた。同社は埼玉県加須市に訓練施設を構え、来日後の再教育や、他社で定着に失敗した人材の再訓練も受け入れている。
たとえば、職場の指示が理解できない、生活面で不安を抱えている、現場での動き方が分からない──そうした課題を抱える外国人材に対して、数日から数週間のプログラムで再訓練を行う。生活指導、日本語再学習、実技の補習などを通じて、安心して現場に戻れる状態に整えるのだ。
こうした取り組みは、今後スタートする育成就労制度とも親和性が高い。送り出しと受け入れの両面にまたがるノウハウを持つ企業として、他社からの相談や依頼も年々増えている。
さらに、同社ではCADやBIMといった設計系スキルを持つエンジニア人材の紹介事業も展開。施工と設計、両面での人材戦略を進化させている。
5.次なる展開──「運送業」への応用と企業の責任

KNDの挑戦は建設業にとどまらない。2024年問題で人材不足が深刻化している運送業界にも、教育ノウハウを活かそうという構想が進んでいる。特定技能「自動車運送業」の制度対応を視野に入れ、ドライバー向けの訓練プログラムを設計中だ。
交通ルールや安全教育、日本の運転免許制度の理解と取得支援など、課題は多いが、建設業での成功事例を応用すれば十分に可能性はある。神田氏は「どの業界も、受け入れる側が本気にならなければ続かない。外国人材は受け入れるだけでなく、育てる覚悟が求められます」と語る。
6.制度を超える現場起点の人材戦略
KNDの10年は、制度任せにしない、現場からの人材戦略のあり方を示している。「送り出し」ではなく「育てること」から始まるこのモデルは、多くの中小企業にとってのヒントになる。
遠く異国から来た若者たちが、教育を経て日本の建設現場を支え、やがて地域に根づく。その姿をつくるのは、制度ではなく、受け入れる側の姿勢と努力に他ならない。
KNDの挑戦は今後も続く。
人を育て、現場を支え、業界を変える──その実践知は、あらゆる分野での外国人材活用において、未来を照らす灯となるだろう。

(※このコラムは、ビル新聞2025年7月21日号掲載「育てる力が現場を動かす──KNDが挑んだ10年の実践知」Vol.67を加筆転載したものです。)