元ベトナム技能実習生との出会いから

コラム
COLUMN
「外国人技能実習リアルタイム24時」 ー東南アジア各国からの現地報告ー ビル新聞2019年10月28日号掲載「元ベトナム技能実習生ヒューさん」の話題。
元技能実習 ヒューさん

1.ヒューさんとの出会い

約2ヶ月振りに降り立った10月のベトナム ハノイは、程よい暑さでとても過ごしやすい。ある週末に、懇意にしているベトナム人の若者と再会した。ベトナム某送出機関に勤めるドン・ヴァン・ヒューさん(28歳)だ。

「カワグチさん 久しぶりですねー!」

真っ白な歯をみせながら、いつもの笑顔で迎えてくれた。ヒューさんとの出会いは、約一年前に遡る。
筆者が某大手送出機関を訪問した際に、日本語学校や訓練センターをアテンドしてくれたのが彼だった。
当時のヒューさんは、その送出機関に入社したばかりの新人営業マンで、日本人の案内にまだ不慣れで、明らかに緊張した面持ちでいた。
視察中、こちらの質問に端的に答えることができず、セールストークも殆ど出てこない。移動の車中では、沈黙の時間が続くこともあった。
しかし、汗をしきりに拭きながら、何とか筆者の役に立ちたいという必死な気持ちだけはひしひしと伝わってきて、絶えずこちらのことを気遣ってくれるホスピタリティにも、とても好感が持てた。
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2.元技能実習生の営業マン

元実習生ヒューさんとザンさん
聞けばヒューさんは、その半年前まで技能実習生として、群馬県伊勢崎市の建設会社で大工として働いていたという。
実は、ベトナム送出機関は、元実習生の就職先として定番である。
高い日本語能力と日本についての知識を生かし、双方をつなぐ要の役割を果たす。なかでも営業マンには、押しの強さが求められがちだが、ヒューさんはそれにあてはまらない。
控え目で言葉数が少なく、相手のことを慮る様子は、極めて日本人的なベトナム人という印象だった。
そんなヒューさんに興味を抱いた私は、仕事抜きの夕食に誘った。すると喜んで応じてくれ、奥さんのザンさん(28歳)も一緒に、3人で夜遅くまで日本の技能実習について、語り明かした。
以来、彼らは、筆者にとって、随分と歳の離れた友人となったのだ。

3.日本での技能実習生時代

元実習生 ヒューさん
ヒューさんは日本で、仕事の技術だけでなく、文化や作法など、非常に多くのことを学んだのだそうだ。
それができたのは、良い受け入れ企業に恵まれたことと、ヒューさん自身の日本語能力の高さによるものだ。
実習生としての最初の二年間、休日返上で必死に勉強し、くじけそうになった時は家族からの励ましのメッセージに支えられたという。その甲斐あって、実習期間中に日本語能力検定二級を取得するまでに上達し、仕事も上手くいくようになった。
入国直後は先輩社員の日本語がスムーズに理解できず、思うように身体を動かせないというジレンマに悩まされたそうだ。毎日、凹む日々が続いた。日本の建設は、ベトナムとは材料も工法もまったく異なり、大工の仕事は作業の種類や覚えることが多い。
仕事の内容を覚えることもままならず、失敗を繰り返す中で、この状況を打破するためには日本語能力を高めるしかない、そう決意した。この決意がヒューさんの人生を変えた。ひとつひとつ新しい作業を身に付け、任される仕事が増えていくことで、達成感を覚えたと振り返る。

4.ベトナム帰国から一年経った今

3年間の技能実習を務め上げた後に、家族の待つベトナムに凱旋帰国した。
そして、実習期間中に貯めたお金で、故郷のナンヂィンに、両親と住むための一戸建てを建てた。いつも心の支えとなって応援してくれた家族と暮らす日々は、3年間の垢を一気に落とすような安堵の時間となった。
そんなヒューさんには、大きな仕事をやり遂げた達成感で満たされる一方で、日本への懐古の念が徐々に湧いてきたという。
このままここで普通に生活をしていたら、せっかく覚えた日本語をきっと忘れてしまう。自分の日本語能力と日本での経験を活かした仕事に就いて、また思う存分働きたいと思ったそうだ。
そして、両親を説得して、一人で再びハノイへ移り住み、外国人技能実習の送出機関へ就職した。
以来、ヒューさんは、日本の受入れ企業への営業と、実習希望者の相談業務に携わっている。元技能実習生だからこそ、これから日本で挑戦しようとするベトナムの若者たちに伝えられることがある。
ただ、お金のためだけではなくて、日本でしっかりとした技術と日本語を身に着けるという強い意思をもって臨んで欲しいと語る。
日本の監理団体や受入企業のアテンドもすっかり慣れたそうだ。
営業成績としては、まだ芳しい結果は出ていなようだが、ベトナム人実習生にも、日本の受入企業にも寄り添った新しい営業スタイルを模索している。
そして、自分自身もまたいつか、再び日本へ行って仕事をしたいという新しい夢を持っている。
最初の出会いから一年経ったヒューさんは、すっかり頼もしい立派な社会人に成長していた。

この原稿を書いている今、世間はラグビーワールドカップにおける日本代表の勝利で、大いに盛り上がっている。
その快進撃を支えているのが、外国にルーツを持つ選手達の活躍だ。
彼らは日本代表の道を選び、日本のために戦っている。
その姿を目の当たりにし、外国人労働者を受け入れる素地が醸成されていくように感じるのは考えが飛躍し過ぎだろうか。
日本で暮らす外国人は、273万人(2018年末時点)で、総人口に占める割合が今年初めて2%を超えた。
昨今、闇の部分だけがクローズアップされがちな「外国人技能実習制度」と、まだ始まったばかりで、十分な情報がない「特定技能」。
この2つのテーマに関わる立場として、もどかしく感じることは確かに多い。
だが、そんな不完全な状況の一方で、日本へ向けて果敢にチャレンジしている多くの外国人たちがいる。
日本のビジネスシーンにおいても今後、彼らに下支えされていくに違いない。
そんな海外の若者達の飛躍を心から願っている。

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(※このコラムは、ビル新聞2019年10月28日号掲載「リアルタイム外国人技能実習24時」Vol.14/15を加筆転載したものです。)

この記事を書いたライター
川口 環

中央大学卒業後、TOTO株式会社を経てWebマーケティング会社 株式会社ジェイティップスを設立。約20年間多数の大手企業Webマーケティングに関与し、グロースハックさせる。昨今は、外国人技能実習の無料相談ポータルサイト「外国人技能実習360°」運営責任者として、海外送出機関のリサーチと受入企業の相談にあたっている。年間20回以上海外出張し、約150日間を東南アジア各国で活動する。